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たんぶらびゅーあー
"Great honor to one who can give me a beer and assurance of life." (Henry V, Shakespeare) 『ビール一杯と命の保証さえ手にいれることができたら名誉なんてやってもいいんだけど。』(「ヘンリー5世」シェークスピア)
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(via otsune)

美大でプログラミングを教えている友人がぼやく。プログラミングの肝は省力化(繰り返しやしらみつぶしの作業をいかに少ない手順でやるか)にあるのに、あの子達は、延々と作業を繰り返す事をものともしない。
マーティン・ルーサー・キング・ジュニアは「ヒトラーがドイツでやったことはすべて合法だったことを忘れるな」と言った。合法だから善とは限らないし、違法であっても悪とは限らない。
79 :可愛い奥様:2012/07/20(金) 11:42:59.80 ID:dF0o86pk0
朝から腹痛で苦しんでたけど、アップルジュースをチンしてあつあつで飲んだら治った。

あつあつアップル、マジオヌヌメ。

80 :可愛い奥様:2012/07/20(金) 12:09:20.20 ID:NUN5WqL70
うちは冬にホットアップルジュースにシナモン、クリームまたはアイスで飲む
アップルパイみたいで美味しい
昔スタバにホットアップルがあったんだけど、そんな感じ

(via jacony)

最初、いろいろな人に「アメリカの大学はすごいから」とずっと言われていましたが、授業を受け始めたころは何がすごいのか全く分かりませんでした。

* 教授陣は確かに優秀なんだけど、東大にも優秀で教え方の上手い人はたくさんいました。
* 学生も確かに優秀なんだけど、東大にも同じくらい優秀な人はいたし、スタンフォードのクラスに出ていても、ちんぷんかんぷんな質問する人だっている。

というわけで、一体何がすごいのか、うーん、と思っていました。

ところが、時間が経つにつれて分かってきたことがあります。

* 大抵の授業は90分×2-3コマ/週くらいあります。2日に一回講義を受けることになります。
* フルタイムの学生でも1学期に3-4個しか授業取りません。(取れません。)時間割を見ると一見スカスカで一日の半分以上が空いているように見えます。
* もちろん講義中の90分は、完璧に制御された時計通りに進みますので、予習復習しないと落ちこぼれます。(最近はe-learning用に録画しているので、長時間講義を延長するのは許されないみたいです。)
* 宿題の量と質がものすごいです。例えばComputer ScienceのMachine Learningの一回目の宿題は、http://www.stanford.edu/class/cs229/ps1.pdfにある通りで、このクラスの宿題が10週間の間に4回出ます。その他に中間試験、期末試験があります。
* この1回分の宿題は感覚的には、東大の最も難しいクラスの講義の期末のレポート並みの重たさだと思います。(その場合、そのレポートだけで大抵全て終わりという具合だったような気がします。)

というわけで、10週間の間にこれだけの量をとにかく「集約」させて詰め込むのがアメリカの一流大学のやり方か、と納得してしまいました。

建物を具体的にチェックする人は、建物の専門家じゃないんですよ。なんの資格もなくてもできる。いまこの不動産の世界は宅地建物取引主任者という資格がありますが、その資格がなくてもできるんです。非常におおざっぱで、最後は「勘」と「経験」と「度胸」で決めるというような。みんなで意見して、2000万、2300万、2400万、じゃあ中とって2200万でいくか、と、そんな感じです。
自分たちでその不動産の買い手もみつけたいからです。まず、依頼主である売主さんから3%の手数料をもらいますいよね。自分たちで買う人もみつけることができれば、買い主からも3%もらえます。両方から3パーセントずつで手数料が6%になる。これを業界では「両手」というんですが、この両手取引をするために、他社が買い主をみつけてこないように、情報をネットワークに登録せず、囲い込むわけです。物件情報を隠し、自分の目の前に買いたい人が現れるまで待つんですね。

昨今ビッグデータへの注目によっていわゆる教養としての統計学に関心を寄せる方が増えたと聞く。また、現状としてデータ・サイエンティストと呼ばれる人の多くは情報学系のバックボーンを持ち、分析に際しては記述統計を主に扱って事象の予測を行うようだ。

しかし、ビッグデータが手に入る立場にいる人はそう多くはない。また、因果関係が見えない予測に納得できる人も多くはないだろう。そのため、手元にある「スモール」なデータから、目に見えない因果関係を把握しようとする伝統的な推測統計を学ぶことは決して無駄ではないと考えられる。

(via jacony)